私を生かす信仰

“私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。 見えるものは一時的であり、見えないものはいつまで続くからです。”
2コリント4・18





  今年ほど世界中の人々が、「生きる」尊さを考えたことはなかったかも知れません。コロナ・パンデミックによって、多くの人々が「命」の尊さを考えています。それは突然に有名人や大切な人の命が、失われてしまう現実を経験しているからです。そして、私たちは今なおコロナ禍という時間の内にいます。1週間という時間はすぐに経過します。いや1ヶ月が、1年があっと言う間に経過してしまうことを知っています。94歳で召された私の亡き母が、「人生は短かい!」と語ったこと思い出します。

考えてみれば、私たちの一生は肉体的には死に向かって衰えていくものです。しかし神を信じる聖徒は、霊的には神と対面するために天のエルサレムに向かう過程にあります。そのプロセスで、私たちはさまざまな試練、苦難、失望に出会います。神を信じる信仰者でも、気を落とすこともあります。人生で神の訓練を受け、もし「一喜一憂」の思いを繰り返すだけであるならば、クリスチャンでない人と、どんな相違があるのでしょうか。

 神を信じる聖徒とそうでない人には、大きな違いがあります。第一に、「永遠のものに目を留めるならば、現実に対する失望や落胆が望みに変わることです。」永遠のものを見る目がなければ、人生の苦難(患難)は重荷でしかありません。苦難は神の個人レッスンであり、主にお出会いする場です。そこで神(永遠)に目を留めるならば、失望や落胆は望みに変わります。地上で受ける患難は、天の御国で味わう測り知れない永遠の栄光の重さに比べれば、軽いものに感じられます。聖書は「今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。」(2コリント4・17)と述べています。

 第二に、世を超えたところに希望を置く人は、時が経つほど期待が膨らむことです。日ごとに、神に近づいていることを知っているからです。信仰の目を持つ人は、今の世の苦しみの意味をみことばの中で確認します。そして、常に永遠のものに目を留め、希望を抱くことができます。「私を生かす信仰」とは、そのような信仰姿勢にあります。先に明るい希望がありますから幸いです。あなたも、あなたを生かす信仰によって歩みませんか。


海外宣教

私たちは欧州・中東の諸教会とクリスチャンへの支援、および海外在住邦人宣教を行っています。私たちは国内宣教として、次の働きをしています。

DVD書籍

「十戒は愛のことば」メッセージ、コリント人への第一の手紙、ガラテヤ人への手紙、「ビジネス成功の秘訣は聖書にあった!」LなどメッセージDVDや主の祈り、世界の日時計は今、神のマスタープランの行くへ、書籍………

「春の聖地イスラエルの旅」

私たちの聖地旅行の特徴は、心を静めて歩く「ゆったり旅」にあります。静かなガリラヤ湖畔で3泊し、ゆっくり静思の時を持ちます。そして、聖書の視点からイスラエルを学びます。朝のデボーションから始まり、野外礼拝でも神を賛美する楽しい旅です。皆様のご参加を歓迎します。

The Voice of Mission

私たちは、聖書を土台するプロテスタントのキリスト教宣教団体です。「ミッション・宣教の声」は1981年12月、宣教師であった黒田禎一郎牧師によって設立されました。激しく移り変わる世界情勢(東西欧州、米国、アジア、中東等)を聖書的視点からとらえ、情報を提供しています。とくに迫害下にあるキリスト教会と聖徒、海外在住邦人宣教に重荷を持っています。
月刊誌「宣教の声」は毎月、新鮮な情報を提供しています。また黒田禎一郎の著書や訳本等を通し、海外宣教活動を推進しています。