神のあわれみを忘れないこと

夜、宿営に露が降りるとき、マナもそれと一緒に降りて来た。

民数記 11章9節

東スイス・トイフェン村、アーホンかららの眺望

 イスラエルの民はシナイの荒野を出発し、パランの荒野に向かい3日の道のり進みました(民数記10:33)。彼らにはカナンという確かな目的地がありました。しかし、民はその途中で神に不満を並べ立て始めました。つらい状況が一日一日と続くと、民はそれまでの恵みと約束をすっかり忘れてしまい、つぶやき始めました。その姿は私たち人間が持つ本性的な罪です。


恵みに感謝せずつぶやく民

恵みを忘れた民の不満、不平、つぶやきを聞かれた神は怒りを燃やされ、宿営の端を燃やされました。火の粉が自分たちに来た民は、恐れに包まれ、わめきました。その時モーセが祈ると、神は炎を静められました。不満やつぶやきは、神の御心を理解できず恵みに感謝しない時に生じます。対策は神の声を聞き従うことです。荒野の旅を過ごす民には、レッスンが与えられました。 「宿営に露が降りるとき、マナもそれと一緒に降りて来た。」 その事実から目を反さないことです。

恵みが見えなくなった民

 

貪欲は人の目を曇らせてしまいます。出エジプト時、一緒に出てきた異邦人たちが荒野で激しい欲望にかられつぶやくと、民もそれに同調してしまいました。彼らはエジプトでさまざまな食べ物を「ただ」で食べたと言い、神が与えてくださったマナに対し不平を言い、肉などの食べ物が欲しいと言い出しました。彼らがエジプトで食べた食物は労働の代価でしたが、マナは「ただ」で与えられた神の恵みでした。神からの最上の糧が天から与えられた奇跡を毎日経験しながらも、彼らは感謝できませんでした。マナを集めながらも、マナを与えてくださった神のあわれみを見ることがなかったのです。このように欲望(貪欲)は、私たちの目を覆い、信仰と良心を鈍らせてしまいます。

イスラエルは反面教師です。小さな不平や欲が共同体を破壊する火種となります。置かれた所、与えられたもので感謝しようではありませんか。

「すべてのことにおいて感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」(Ⅰテサ 5:18)

私たちは神のみことばに忠実に従い歩みましょう。




ワールドビュー

世界のニュースをお届けしています。

北朝鮮からの叫び

北朝鮮からの叫びのニュースをお届けします。

海外邦人宣教レポート

コロナ禍の海外邦人宣教をお届けしています。

旧東ヨーロッパの教会と信者は今

東ヨーロッパの教会と信者を紹介しています。

過去の記事

492号491号490号488号487号485号
484号483号482号481号480号479号478号
476号475号474号473号472号471号470号469号

お気軽にお問い合わせください。06-6226-1334営業時間10:00~18:00(土日・祝日除く)

メールお問い合わせ