キリストこそ私たちの平和
"実に、キリストこそ私たちの平和です。キリストは私たち二つのものを一つにし、ご自分の肉において、隔ての壁である敵意を打ち壊し、様々な規定から成る戒めの律法を廃棄されました。"
エペソ人への手紙 2章14-15節

東路上でムスリムの子どもに福音を語る伝道者、キルギスタンの首都ビシュケクで
イースターを心から賛美します。
全世界で御子イエス・キリストの復活が記念されますように。
私たちの世界には、残念ながら様々な「対立」と「分裂」があります。大きなものでは国家間の対立や紛争があり、職場や家庭でも対立が生じます。そして、自分自身の心の内でも葛藤が起こり苦しむことがあります。これらは「平和」と真反対です。
少し考えてみれば、「対立」と「分裂」問題の根には、「自分は正しい」という思いがあります。これが他を支配しようとして、また赦さず裁こうとするのです。他人を赦すことができず苦しみます。それは、「自分の正しさ」に縛られているからではないでしょうか。キリストの十字架は、人間の心に植え付けられた「自分の正しさ」という罪の根を断ち切るものであったはずです。しかし、いつの間にか「自分の正しさ」という鎖にからまれているのではないでしょうか。解決は、神の御前にひれ伏すことです。
ところで、世界が「対立」と「混乱」の渦中に巻き込まれている今、私たちには何が求められているでしょうか。それは「自分の正しさ」(束縛)からの解放です。自分の思いの正しさ、生き方の正しさ、主義主張の正しさ、教理や教義の正しさ⋯。自分がかかわる正しさの全てから、私たちが解放されることです。それは完全なお方(神)の前に立つ時に、実現可能となります。
罪のないイエス・キリストが、その正しさの全てを捨て、十字架にかかり、罪の贖いのみわざを全うしてくださいました。そして三日目に死を打ちやぶって、復活されました。私たちも流された血潮を受ける時、「自分の正しさ」の鎖から解放されます。
これから困難な時代が、やって来ようとしています。その中で切に願うことは、キリストの御血によって救われた者たちが、「自分の正しさ」から解放され、イエス・キリストの平和のみわざを受け継ぐ者となることです。「キリストこそ私たちの平和です。キリストは私たち二つのものを一つにし⋯」
今年の復活祭こそ、平和でありますように。
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