「奇跡の人(前編)」

池 成浩(チ・ソンホ)氏は、2006年に脱北し、2010年に北朝鮮人権団体NAUHを設立し、北朝鮮住民数百人の脱北を成功させました。現在も人権活動家として、多くの人々の苦しみに寄り添う活動を続けています。過去には2018年にワシントンで、トランプ大統領の国政演説に参加し、北朝鮮人権の現状を全世界に訴えました。2020年に韓国総選挙で、韓国与党未来統合党の比例代表で当選を果たし、第21代国会議員として華々しい経歴の持ち主でもありました。しかし、その裏では、全てを失い、孤児となり、生きるために物乞いし、自分の手足までも失った少年が、やがては義手と義足を装着しながら大韓民国で堂々たる国会議員になるまで、想像を絶するほどの幾多の苦難がありました。

人はどのような境遇におかれても、その人が神と出会うなら、その人生に神の御業が起こされますが、実はそのずっと前からも、神の不思議な御手は既に動かされています。それは不可能を可能に変え、人の力や能力では決して成し得ない、聖霊の奇跡が起こされます。

「あなたは奇しいわざを行われる神、国々の民の中に御力を現わされる方です。」(詩編77:14)

今月と来月号は、一人の男性に起こった奇跡の記録をお届けします。

とうもろこしは涙の味

池成浩氏

チ・ソンホは1982年に、北朝鮮最北端の炭鉱村で生まれ育ちました。彼の父は朝鮮労働党党員で、彼の一族は金政権に忠実な党幹部たちでした。ソンホは一家の長男でしたが、このような安定した環境の中で、平凡な少年に育ちました。もし1990年代の大量餓死がなかったら、彼は今も金政権に忠実な一家の長子として、北朝鮮で普通の暮らしを続けていたかもしれません。やはり、この大量餓死はソンホの家も避けて通ることができず、彼の家族は次々と飢死していきました。家族のために食物を探しに行った母は、そのまま帰らぬ人となり、妹も行方不明となりました。父は栄養失調のため既に動けなくなり、床に就いていました。このような状況下で、頼りになる存在は誰もなく、自分が長男として残された家族を守ろうと、14才になったソンホは、幼い弟に父を託し、食糧調達に出かけました。

石炭を運ぶ貨物列車によじ登り、貨車にぶら下がったまま、会寧(フェリョン)という都市まで行き、盗んだ石炭を売り、食物を買おうとしました。しかし、その計画は思ったように上手くいかず、家族のために食物を買うどころか、自分の口に入る物を何一つ入手できない上、家に帰ることもできませんでした。ソンホはコチェビ(北朝鮮ホームレスの子どもたちの名称)と共に橋の下で身を丸めて、夜露をしのぐしかありませんでした。そんなソンホでしたが、ある日、彼は数握りのとうもろこしの粒を持って、父と弟のもとへ帰ることができました。乾燥し、汚れ切った、わずかな粒のとうもろこしでしたが、我が子が生命を賭けて食べさせてくれたその味は、父にとっては涙の味でした。

明日も生きようと信じて

そのとうもろこしで、生命を繋いだ父には生気が戻り、歩けるようになるまで回復し、今度は自分が食物を調達して来ると言い残し、父は家を出ました。ところが数日後、父は無残な姿になって担架に運ばれ、荒々しく家の前に置かれました。父は食糧を求めて豆満江を渡り、中国に入ろうとしましたが、川を渡る寸前に国境警備隊に捕まり、警察署に護送されました。そこで、父は母と妹の行方を吐けと尋問を受け、死ぬほど殴られ、痛めつけられ、瀕死の状態となりました。当局は警察署で死なせる事態を避けるために、警官たちは父の息がまだあるうちに家に連れて来ました。父はさらに瘦せ細り、体中に痛めつけられた跡が痛々しいまま、その3日後に息を引き取りました。家にはソンホと幼い弟だけが残され、両親も他の家族も誰もいなくなり、兄弟はただ茫然として何も考えられませんでした。ひとかけらの希望もなく、残されたものは悲しみと孤独と絶望だけでした。このまま暗闇に座っているだけでは、今度は自分たちの生命さえ危ぶまれます。いつまでも泣いてはいられないと、骨と皮だけになった兄弟は力を振り絞り、生きるために立ち上がり、生まれ育った家を出て行きました。家族を失い、住まいを失い、全てを失った彼らに、もう失うものは何もありませんでした。それでも、明日も生きようと信じて―。

動き始めた神の奇跡

力もなく、疲れ切ったソンホでしたが、再び石炭を積んだ貨物列車によじ登りました。その日はいつもと違い、疲れ切った体を重く感じながら、何とか乗り込んだ貨車から石炭を盗み、握りしめました。その時、ソンホが「あっ!」と思った瞬間、彼の体は貨車から宙に浮き、4メートル下に転落しました。落ちた彼の体は線路上に打ち付けられ、骨と皮だけになっていたその体の上を、車輪が容赦なく轢過していきました。断末魔の叫びと共に列車が止まり、人々は列車の下に横たわっていた彼の体を引っ張り出しました。血まみれになり、気を失っていたソンホは、かろうじて息をしていましたが、彼の左腕と左足は、体から無残にも切り離されていました。 「兄ちゃん!」幼い弟の悲しい叫びが響き渡る中で、人々はソンホを急いで病院へ連れて行きました。これ以上失うものが何も無かったはずなのに、明日も生きようとする、かすかな希望さえ砕かれてしまいました。こんな体でこれから生きていかなければならないなら、いっそ死んでしまった方がよかったのに、何故自分は生きているのか・・・。確かに息をしていることは奇跡的な状態でしたが、ソンホの身に起こった神の奇跡は、もう既に動き始めていました。

(「奇跡の人」次号後編へつづく)

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