壁を越える母の愛、

壁を打ち砕く父の愛

一つの国であった朝鮮半島が、1948年に北緯38度線に分断されてから70年以上の歳月が経ちました。別々の舵を取った二つの国に、長い時間が流れても、人々の痛みや悲しみはそのまま置き去りにされたままです。南北間にどれほど多くの引き裂かれた親子がいて、家庭があるでしょうか。地続きの隣国ですが、両国間の壁は彼らにとって、どんなに高く感じることでしょうか。

明暗を分けた判断

オ・スンジャは、北朝鮮では稀に見る裕福な家庭で、生まれ育ちました。教育環境にも恵まれ、才色兼備な彼女は医師となり、家柄も良いため党幹部の男性と結婚し、一人娘にも恵まれ、順風満帆の日々を過ごしていました。1990年代に北朝鮮全土を襲った大量餓死の時期でさえ、スンジャの一家は困窮することはありませんでした。成長した娘も母と同様に医師となり、一家は飢えと病に苦しむ人々を助け、手を差し伸べ続けました。そんな時、スンジャは大韓民国からの文物に触れるようになり、そこには自分が全く知らなかった自由というものがあり、彼女は次第にこの未知の自由世界に心が向くようになりました。

スンジャにとって大きな転機は、中国に住んでいる親戚宅をたまたま訪問したことでした。彼女はこの親戚を通して、生ける真の神を知るようになりました。そして、実は自分の母親も敬虔なキリスト教徒であったと、スンジャは悟りました。いつも優しく、聡明な母の面影に、誰もいない場所で膝まづいて祈る姿を思い出しました。スンジャは裕福な暮らしができても、信仰の自由さえ許されない祖国への違和感と自由への切望を抑えることができませんでした。結局、彼女は親戚宅から自宅へは戻らず、そのまま知人の助けで大韓民国を目指すことにしましたが、この判断がスンジャの明暗を分け、後々、彼女にとって大きな後悔となりました。。

自由の代償

大韓民国の地に足を踏み入れた時、多くの脱北者たちにとって、脱北を成功させた喜びと安堵感、そして、ここから始まる新しい人生に胸を躍らせる瞬間となりますが、スンジャの場合は違いました。あれほど自由の世界を切望していた彼女は、いざ大韓民国に到着すると、自分は家族を置き去りにし、こんなに遠くへ来てしまったのだと我に返りました。今更ながら、自分は何と取り返しのつかないことをしてしたのだろう、国家に反旗を翻した自分の行為に、家族全員がその代償として処刑されるかもしれないと、彼女の心は一気にその不安に囚われてしまいました。またその後、結婚していた一人娘が子どもを産んだという知らせは、さらに彼女を追い詰めることになりました。生まれたばかりの愛しい孫も、自分のせいで過酷な運命を背負わされていると思うと、後悔しても後悔しきれず、自分の浅はかさを責め続け、彼女の精神状態は次第に蝕まれていきました。スンジャの新しい暮らしは、身を潜めるように誰とも接触することなく、自ら孤独な生活を選択しました。家族に北朝鮮当局の危害が及ばないように、一切の社会活動を避けました。心が癒されたくても、家族に被害が及ぶのではないかと恐れ、教会にも行くこともできず、深夜にこっそりと聖書を見ながら、涙を流し祈りました。

 

脱南者

一刻も早く、北朝鮮に戻ろうと決めたスンジャは、逃走資金を稼ぐために、病院で介護士として働き始めました。やがて、スンジャは北朝鮮への脱走を試みたものの、警察に逮捕され、有罪とされました。裁判では母親としての心情ゆえに、情状酌量が認められ、執行猶予で事が収まりました。彼女は沈黙を貫き、執行猶予を終えるとすぐさまパスポートを手にし、中国へ渡りました。皮肉にも、あれほど自由を切望していたスンジャは結局、自由を一瞬たりとも満喫することなく、死が待つ北朝鮮へと向かいました。 

脱南者と呼ばれたスンジャは、マスコミにも取りだされました。彼女が自ら北朝鮮へ入ったのか、あるいは拉致されたのか、世論の様々な憶測が飛び交い、それは政治評論にまでなりました。愛しい娘にもう一度会って、謝りたい。一瞬でいいから、生まれた孫を抱きしめたい。たとえ、この肉体を失ったとしても、たましいは愛する家族のそばに帰りたかったのです。家族への愛と贖罪だけが彼女の足を北へと向かわせました。そんな母の心を誰が責めることができましょうか。スンジャの夫は妻の脱北の知らせを聞いたとき倒れ、脳出血により既に他界していました。娘と孫娘との再会をスンジャは、無事に果たすことができたのでしょうか。その後スンジャ一家がどうなったか誰も知るよしはありません。 

壁を打ち砕く父の愛

北朝鮮で多くの勝利ある証の影に、このような悲しい親子のストーリーが無数に存在し、父なる神だけが、それら親子の悲しみを全てご存知であることが唯一の慰めです。なぜなら、御子なるイエス・キリストを捧げて下さった天のお父様こそ、我が子との引き裂かれた悲しみを誰よりも理解して下さるからです。オ・スンジャは、はかないながらも国家による厚い分断の壁を愛で越えた強い母でした。イエス・キリストは、人間の罪によって分断した神との厚い壁を十字架によって、打ち砕いて下さいました。私たちは大胆に父なる神のもとへ帰ることができました。北と南、この二つの国を隔てる壁は確かに厚く存在しますが、全人類の凄まじい罪で建てられた、最も強固で、厚い壁を、父なる神は愛で打ち砕いて下さいました。その壁さえも打ち砕いた御父の愛は、南北の壁もいつか必ず打ち砕かれる、そんな日が来ることを信じ祈り続けようではありませんか。

「キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、」(エペソ2:14)。

 

(名前は仮名です)(次号につづく)

朝鮮半島の分断

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