私たちを変えて下さる内なる方

私たちが見る奇跡の中で、最も素晴らしい奇跡は、人々が聖霊様によって新しく変えられていく姿ではないでしょうか。朽ちるべき肉のうちに聖霊なる方が住んで下さると、暗かった心の部屋はイエス様の光で明るく照らされ、どんな暗闇も出ていきます。神と出会ったその人生は、やがて周囲にも祝福の泉を注ぎ、影響を与えていく神の御業が起こされます。

無難に生きる家庭

ク・ヨンヒは北朝鮮最北端にある、小さな炭鉱町で生まれました。ヨンヒの父親は10年の兵役(北朝鮮男子の兵役は17才から10年間義務付)を終えたあと、党の方針により炭鉱に配置され、結婚し、5人の子宝に恵まれました。ヨンヒは一家の末娘として生まれ、貧しいながらも家族からの愛情を一身に受けて育ちました。父親は炭鉱で勤勉に働き、また党の忠誠分子であり、母親は共同農場で働きながら、家事に育児に大忙しでした。彼らは国家が要求するような模範的な家族であり、無難に生きる平凡な北朝鮮一家庭でした。

そんなある日、父親が働いている劣悪な炭坑が崩れ、ヨンヒの父たち労働者は崩れた炭坑に生き埋めとなりました。人力で事故現場を採掘し、数日後、父親は生きて発見されましたが、父以外の労働者たち全員は絶命していました。九死に一生を得た父親を国家は英雄扱いし、金日成の名刺が刻まれた日本の日立製である「松」というテレビが一家に贈られました。村じゅうにたった1台だけのテレビとなり、自慢の家となりました。しかしそれとは裏腹に、同僚全員を事故で亡くし、自分一人だけ生き残ってしまったことが父にとって大きな心の傷となりました。そんな父もヨンヒが11才の時に他界し、彼女の家族は1990年代の大量餓死により国家に殺害されました。

ひとりぼっちの旅人

家族を亡くし独りぼっちとなり、幸せだった自分はもう何処にもいないと抜け殻のようになったヨンヒも、数十万人の脱北者の一人となりました。世界の多くの人々が、脱北者たちは生命を賭けて自由を取り戻した勇者たちだと褒め称えますが、実際はそうではありません。彼らは身も心も全てを金政権に削り取られ続け、ただ空腹のあまりさまよう亡者たちに過ぎないと言います。中国大陸に踏み入れたヨンヒも流されるままに、人身売買で売られていました。そんな彼女を中国東北地方の男やもめが買いました。その男性は幸い心ある人であり、ヨンヒを愛し、正式な結婚式も挙げ、夫は友人を通じて公式の戸籍も作りました。二人の間にかわいい息子が生まれ、ただ翻弄されるように生きていたヨンヒは、思いがけない幸せを手にしました。

けれども、いくら正式に中国人の妻になったとしても、自分は北朝鮮国家を背き、中国公安に見つかると、即強制送還となる身であることは変わりませんでした。時間が経つにつれ、ヨンヒは強制送還の恐れに苛まれるようになりました。とうとうヨンヒは中国から出る決心をし、夫にそのことを告げると、夫は子どもまで危険にさらす訳にはいかないと息子を渡さず、彼女もそれを受け入れました。愛しい息子と夫と別れ、涙を噛みしめながらヨンヒは再び、孤独な旅人に戻りました。私はどうして、愛する者たちといつも別れなければならないのだろうか、その胸の痛みを抱いて、ブローカーと共に川を渡り、森を通って山を越え、カンボジア首都の岸辺に到着しました。

心に微笑みを

ヨンヒがたどり着いた場所は、韓国人宣教師がこれまで数千人の脱北難民を保護し、大韓民国へ送り出すために秘密裡で仕えている場所でした。ヨンヒはこの宣教師を通じて、生ける真の神を知りました。それまでの彼女は豆満江を渡りながら、誰かわからない神に祈ってみたり、中国で売られていた時もあらゆる神に懇願し、ただ漠然と神なる存在を信じてはいました。しかし、自分の全ての罪のために十字架で愛を示して下さった真の神、主イエス・キリストにようやく彼女は出会いました。主イエス様の愛を知ったヨンヒは、神を賛美し、祈りの中で神と語り合い、彼女の毎日は神をあがめるために生きるようになりました。宣教師の隠れ家から新しく変えられたヨンヒは、一人で異国の地、大韓民国に足を踏み入れても、もう何も怖くはありませんでした。ハナ院(脱北者たちが一時的に収容される施設)での彼女は、いつも微笑みを浮かべ、心から神を礼拝する姿に他の脱北者たちも感銘を受けました。いつも孤独と恐れに苛まれ、悲しみに満ちたヨンヒの心に入って下さった聖霊様は、彼女の心を癒し、その心にも微笑みを与えて下さいました。そんなヨンヒに神様はさらなる恵みを与え、彼女は中国にいる夫と息子を呼び寄せ、家族は再び一つとなりました。夫と息子もイエス・キリストと出会い、彼らの人生も変えられました。中国人の夫は現在、韓国の教会で仕える神のしもべとなり、息子は神を愛する青年へと成長し、3ヶ国語を操る世界へ羽ばたく宣教師を目指しています。

ク・ヨンヒはその孤独な旅路で、どんな暗闇も光なるイエス様はそれらより遥かに強いことを知りました。また、神に愛されていることは、どんな孤独も癒してくれることを知りました。聖霊の力によって変えられた彼女は、夫と息子に真の救いという祝福を注ぎ、彼らの生き方にも影響を与えていきました。私たちはどうでしょうか。私たちは初めて心にイエス様をお迎えした日のように、今も内住してくださる聖霊様と絶えず語り合い、さらにキリストに似たものへと変えられ続けているでしょうか。そして、私たちの生き方は今も、立ちこめる聖霊の香りを放つように、周囲に影響を与えているでしょうか。

「神は、この聖霊を、私たちの救い主なるイエス・キリストによって、私たちに豊かに注いでくださったのです。」

(テトス3:6)

 

(名前は仮名です)(次号につづく)

北朝鮮の子どもたち

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