希望を告白する者(前編)
私たちの信仰はどんな時にも、神にある希望を語ることができるでしょうか。物事が上手くいかない時、祈りの答えが虚しくも自分が望んでいたものと違った時、そして、失望する時など⋯。
私たちはそれでも神を信頼し、希望の唄を口ずさむことができるでしょうか。天の父なる神様はみことばを通して、私たちに次のような励ましを与えて下さっています。
約束された方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白しようではありませんか。
(ヘブル人への手紙 10章23節)
ここにどんな状況におかれても、みことばを握り続けた一人の男性の証があります。苦難の中にあっても、イエス様を主として歩んだ人の希望は、決して色褪せることがないと証明してくれています。
父と息子の軋轢
40歳を過ぎたイム・ドンヒョクは、北朝鮮最北端の中国国境村で生まれ育ち、その彼の家の前には、北朝鮮と中国を繋ぐ橋と税関がありました。党に忠実なドンヒョクの父は、軍隊で約10年間、金日成護衛司令部の運転兵として服務し、朝鮮労働党員の栄誉を獲得しました。除隊後、父は当時としては人気職であった運転手の職業につき、党学校の運転手として配置されました。ドンヒョクの母も党宣伝活動の放送員として勤め、父と母もそれぞれ党に忠実な家庭の出身でした。同じ背景と思想を持つ二人が結婚し、長男ドンヒョクを筆頭に3人の息子に恵まれ、一家の党への忠誠心は揺るぎのないものでした。やがて90年代の大量餓死が北朝鮮全土を襲った時、党と国家への固い忠誠心が、配給だけの生活を守り抜いた人々が先に倒れていきました。このような最中にあっても、父は闇市に頼るような、金日成の社会主義体制を乱す生き方はしないと決意しました。国家はそんな忠実な国民の命を守ることなく、一家はまさに飢えと貧困の波に飲まれてしまいました。その結果、両親の確固たる生き方は自らを疲弊させてしまいました。子どもたちさえ守ることもできず、暗く、荒んだ家庭に変わっていきました。10代半ばになっていたドンヒョクは、ただ両親と弟たちをお腹いっぱい食べさせたいために盗みを働きましたが、父はそんな息子を許しませんでした。たとえ生命を落としても、自分の生き方を決して変えようとしない父と、生きるため、また、愛する者たちを守るために手段を選ばない息子に、当然ながら軋轢が生じてきました。
教会から見える我が家
父はドンヒョクの行動を許さず、このまま息子を放置することもできず、息子を制御しようと厳しく縛りつけました。しかし、父のそのような干渉は、かえって息子を遠ざける結果となりました。ドンヒョクは、この家に父がいる限り、生きていくことはできないと思い、とうとう家を飛び出しました。そして、19才になった彼は豆満江を渡り、異国の放浪者と化しました。家で希望を見出せず、父から離れたくて飛び出したものの結局、何処へ行っても希望も目的もありませんでした。それどころか、もう家に帰ることはできず、祖国に背を向け、故郷での全ての関係を断ち切って、全く独りとなったこの静けさは、いつしか恐れと不安へと変わっていきました。彼は全てにおいて、完全に迷い込んだ状態でしたが、神の御手は既にそんなドンヒョクの上で動いていました。それからどのくらい歩いたか、神がドンヒョクの足を導いた先は、中国辺境の地、朝鮮族自治州に位置する図們市の小さな教会でした。この教会は、北朝鮮宣教のために身を捧げた米国人宣教師の支援によって建てられ、脱北者の憩いの場になっていました。そうとも知らず、教会の伝道師たちは足を踏み入れたドンヒョクを歓迎し温かく迎えました。そして、その教会から懐かしい我が家が、遥か遠くに見えました。たとえ家を飛び出しても、やはり慕わしい父と母、二人の弟たちを思い、教会から見える景色はドンヒョクの胸を熱くしました。
ダニエルの姿

教会で温かいもてなしを受け、孤独が癒されたドンヒョクは、イエス・キリストの愛を初めて聞きました。自分の罪のために十字架にかかって下さったイエス様だけが、全ての希望であると悟ったドンヒョクは、イエス様を自分の人生の主として迎え、イエス様の弟子として生きる決心をしました。もちろん、心がさまよう時もありましたが、聖書を通読し、みことばから励ましを受け、新しい姿へと変えられていきました。神は彼に聖霊による涙の祈りを与え、彼はいつも残してきた家族のために祈り、失望させられた故郷であっても、愛する祖国北朝鮮のために涙を持って祈りました。その姿は、祖国イスラエルの背きの罪のために、涙を流し悔い改めの祈りを捧げたダニエルのようでした。ドンヒョクは教会の兄弟たちからあふれるばかりの神の愛を、今度は自分が与えるべきと導かれました。彼は自分のように川を渡ってくる多くの脱北者たちの世話をしながら、キリストの愛と希望を伝え続けました。そして、川を渡り自分を探しに来た愛する弟にも、神の愛を伝えることができました。ドンヒョクは自分を包んでくれたこの教会の使役者となり、伝道師として身を捧げました。
そんなある日、ドンヒョクは中国国境を出入りしていた密輸者たちと取引していたところ、中国公安に見つかり逮捕されました。3年の実刑が課され、長春の監獄で服役しました。その後、ドンヒョクは北朝鮮へ強制送還されました。北朝鮮へ強制送還されることは、死よりも辛い仕打ちが待っていることを明らかでした。しかし、イエス様が共にいて下さる彼の顔は、希望で輝いていました。その姿は、バビロン捕囚の厳しい時代を主と共に生き抜いたダニエルのようでした。
(名前は全て仮名)(つづく)
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