消地の果てまで(前編)
イエス様が復活され天へ昇られるとき、福音は聖霊の力によって、エルサレムからサマリヤとユダヤ全土、地の果てまで宣べ伝えられるということばを残されました(使徒1:8,9)。それから2千年以上の時を経て、現在も衰えることのない聖霊の力を受けた神の証人たちは、全世界に出て行き、神の良き知らせを伝え続けています。そして、同じく聖霊の力を受けた私たちも全員が宣教師であり、神の最終的な目的に達するため、それぞれが置かれた場所から福音の種を撒き続けなければなりません。私たちが撒いた種は小さくとも、イエス様はそんな私たちの働きを見守り続け、私たちが想像できないほど、大きな祝福のみわざへと紡いで下さいます。これまで私たちは、北朝鮮国家という名の鳥かごに閉じ込められた人々が、神に出会ったとき、真の自由を得て、神の大胆な証人へと変えられていく姿を見てきました。全能なる神は、国外から一歩も出ることを許されなかった彼らに、ディアスポラとしての召命を与えられました。それは、彼ら自身が考えたこともないような遠く離れた地にそれぞれを送られ、その御心を不思議な方法で成し遂げておられます。
追い続ける歪んだ夢
60歳になったイム・ヨンソンが、これほどまでに数奇な人生を歩むとは、誰が想像できたでしょうか。彼は北朝鮮北部の慈江道の山里で生まれ、比較的恵まれた家庭で育ちました。ヨンソンは頭脳明晰で聡明な少年であり、また優れた身体能力と度胸も持ち合わせていました。順調に成長した彼は、18歳で入隊し特殊部隊へ配属されました。ヨンソンの並外れた勇敢さと優れた能力は、金日成の寵愛を受けたある女性事業家の目に留まりました。ヨンソンはこの女性と手を組み、彼女のもとでさらなる才覚を発揮するようになりました。彼は対外貿易による国家の外貨稼ぎを担うようになり、そこでも頭角を現し、国益のために奔走しました。国外の世界に足を踏み入れ、祖国と海外の相違を感じつつも、彼は忠実に祖国に留まり続け、政権に背くことなど考えたこともありませんでした。首領の寵愛を受ける傘の下に居続けるヨンソンにとって、その頃の彼に恐れるものは何もありませんでした。それゆえに独裁国家に対する彼の感覚が麻痺し、ヨンソンは歪んだ夢を見続けていました。ただ党や国家に忠誠を尽くす道こそが、彼の全てであり、追い続けた夢でした。
黒く染まった手

北朝鮮の英雄たちを排する人々
しかし、そんなヨンソンにも、この偽りの夢から醒める時がやって来ました。彼が心血注いで稼いだ外貨のほとんどは、金日成一家の懐と独裁体制に、いとも簡単に搾取されていきました。ヨンソンは気が付くと、自分の個人生活には何も無いことに愕然とし、虚しさを覚えるようになりました。自分が追い続けていた夢は、実は自分自身には何の関係もなく、自分個人の人生には何一つ残らず、あまりにも空虚でした。これからどう生きよう—と目覚めたこの現実に、彼は次第に疲弊していきました。ヨンソンは悩んだ末、これまでの党への忠誠を翻し、保衛部の隠匿された強大権力と手を組んで、ロシアに進出しました。ロシアでも彼の任務は同じく外貨稼ぎでしたが、今度は働いた分の報酬は予想を上回り、彼の手に戻ってきました。保衛部の闇の組織と手を組み、希少動物の密猟や違法収集である天然薬剤の売買など、彼は手当たり次第狂ったように不法に、手を染めるようになりました。北朝鮮はロシアとの貿易を利用することにより、違法薬物を大量に輸出していました。この国家の悪行を増長させるごとく、ヨンソンは麻薬の密売も任せられるようになりました。彼はアヘンやヘロインなどの薬物密売に没頭するようになり、武器類などにも手を広げるようになりました。闇の権力者たちからも並外れた気質を買われたヨンソンは、ロシアのマフィアとも連携し、危険を冒しながら巨額の金を手にする刺激的なこの生活に味を占めるようになりました。国家によって空っぽにされ続けたこの人生を、今度は黒く染まった自らの手で、この国から何倍も奪い返そうと躍起になりました。
アムール川で動き始めた神の御腕
虚しい人生の痛みが引き起こした彼の復讐は、もはや止まることを知りませんでした。しかし、そんな悪行の快進撃も突然、終わりを告げ、彼にも報いが容赦なくやって来ました。ある時、大仕事をやってのけたヨンソンに、その報酬として支払われるはずの巨額のドルが、保衛部に横流しされていたことが発覚しました。その大金を保衛部の闇の組織に騙し取られ、自分はただ利用され、裏切られたと知った彼は、正気の沙汰ではいられなくなりました。ヨンソンは怒りに任せて、銃を抜き出し、暴れ回りましたが、結局、自分が保衛部から追われる羽目になりました。真冬のロシアで、彼は木々に身を潜め、寒さに震えながら実弾を装填した銃を手に、追手の保衛員たちと激しい銃撃戦になりました。銃撃戦の末、ヨンソンは命からがら逃げ延びましたが、自分の家に帰ることもできず、いつの間にか、極東ロシアを流れるアムール川のほとりを一人さまよいました。どのくらい歩いたか、疲れ果てた彼は、雪の積もるアムール川のほとりに倒れ込んでしまい、だんだんと瞼が重くなり、気が遠くなるのを感じました。薄れゆく意識の中で彼は、力強い手が自分を担いで、何処かに連れて行く感覚を最後に、完全に気を失いました。これまでの人生、絶えず自らの拳で戦いに挑み続けた彼が、初めて無力になった瞬間でした。そして、この瞬間こそ、陶器師である神がヨンソンを造り変えるために、御腕を動かし始めた時でした。
(つづく)
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