傷だらけの魂の賛歌(前編)
私たちはキリスト者であろうと、なかろうと、それぞれの人生の中で幾重にも降りかかる嵐に耐えなければならない時があります。次から次へとやって来る苦しみの中で、時には「なぜ、自分ばかり…」と思うことはないでしょうか。たとえ、まともに生きていたとしても、また、神を喜ばせ、神に従順に歩んでいたとしても、苦しみは人を選ばずに、容赦なくやってきます。この世において傷ひとつ無い人生は、決して存在しません。また、私たちが受ける全ての痛みの意味を知る権利も、私たちにはありません。けれども、私たちキリスト者には、身の回りで起こる物事の背後には、必ず全ての主権者なる神が支配しておられることを忘れてはいけません。ヨブが嵐の中で神を見たように(ヨブ記42:5)、私たちも吹き荒れる風の中で、手を差し伸べて待っておられるイエス・キリストの姿を見るのではないでしょうか。今月号からは、ヨブのように多くの痛みを負わされ、誰からも慰められずにいた一人の女性が、神と出会い、再生し、神の栄光を輝かせていく― そんな魂の賛歌の記録をご紹介します。
枯れた大地、静まった海
ナム・ウンジュが鴨緑江を渡り、祖国北朝鮮を離れたのは、彼女が25歳の時でした。いつの間にか祖国で生きた年月より、ここ大韓民国で過ごした時間の方が長くなりました。ウンジュは北朝鮮中部の農漁村で、一男三女の次女として生まれました。彼女の家族は、働き者の労働者階級である平凡な家庭でしたが、農漁業を生業とし、暮らしに困ることはありませんでした。しかし、大飢餓の到来に伴い、これまで収穫の彩りを見せていた大地は枯渇し、燃料や資機材不足で水産業は機能不全に陥り、漁獲量が減った海は静まり返ってしまいました。ウンジュ一家もその煽りを受け、野菜や魚どころか、草の根さえも口にできませんでした。

飢餓に苦しんだ子どもたち
ある日、食べ物が全く無い一家は、キャベツ1個をもらい受け、お腹を空かせた子どもたちは、そのキャベツを見て、目を輝かせました。湯を沸かして、キャベツを丸ごと茹で、塩などの調味料は一切ありませんでしたが、それでも一家にとっては久しぶりにお腹いっぱい食べられるご馳走でした。ところが、農薬で汚染だらけであったそのキャベツで、家族全員が酷い体調不良を訴え、特に免疫の弱かったウンジュの全身は浮腫となり、しばらくは体を自由に動かすこともできませんでした。束の間の空腹感からの解放は、このような大きな代償が伴うこともありました。しばらくして父が餓死し、家も無く、他人の納屋で暮らしていた一家は、父の葬儀も他人の部屋を借りて、ようやく執り行うことができました。父の死後、母と兄と姉の3人が商売で家を何日も空けることになり、家にはウンジュとまだ幼い妹だけが残されました。彼女は妹の面倒を見ながら、軍人の社宅にある畑の草むしりをし、その報酬として、子どもの拳ほどの飯しかもらえませんでした。そこで彼女は山の中を這いつくばって草を探し、その草と飯を混ぜてかさ増した粥で食い繋ぎました。姉妹は、そのように細々と生命を維持し続けました。
鬼となった愛する人
ある日、中国国境にある恵山市まで商売に出かけていた兄が、一人でふらりと家に帰って来ました。兄が戻り、心強く感じたウンジュでしたが、疲れて帰って来た兄の横顔に、深い絶望が見て取れました。恵山で商売した後、兄は詐欺に遭い、持っていたお金も商売の元手も全て奪われてしまいました。苦労しながら行商し、貯めたお金を持って、ようやく帰ろうとした途端、あっけなくお金を失った衝撃と失意を味わいました。そして、なぜ詐欺に騙されたのかという自分に対する腹立たしい感情が、兄の中で止められない激しい怒りとなって爆発しました。その激高の矛先がウンジュに向けられ、兄は彼女に対して、妹の面倒をきちんと見なかったのではないかと、言いがかりをつけ始めました。
兄はこの鬱憤を晴らすかのごとく、鉄棒でウンジュを何度も殴打し続けました。彼女は、兄からの折檻に必死で耐えてはいましたが、殴られる体の痛み以上に、彼女の心は恐怖と悲しみの痛みで満ち、張り裂けそうでした。深い絶望の淵に落とされた彼女は、一筋の光だけを頼るかのように母を思いました。しばらく痛みで起き上がれなかった体が回復するのを待ち、彼女は母を探しに家を出ました。この大飢餓は人から生命を奪うだけでなく、愛する人を鬼へと変えてしまう悲しい現実であることを、ウンジュは身をもって知りました。
何年も待つ約束
ウンジュはようやく母がいると思われる恵山市に着き、恋しかった母に無事に会うことができました。彼女は母に会えた嬉しさがこみ上げ、母も訪ねて来た娘を見て、喜んではくれました。しかし、ウンジュのために麺を一杯買って食べさせてくれた母は、家に戻った兄と幼い妹が気になり、二人の状況を知りたいと、一人で一旦、家に帰ると言い出しました。そして、3日経ったら必ずウンジュのもとに戻る、と言い残して急いで家に帰って行きました。知らない地に一人取り残されたウンジュは不安ながらも、母が3日後に戻って来てくれるという言葉を信じて待ちました。しかし、3日経っても、母は一向に戻って来る気配はありませんでした。あの兄がいる家にもう帰れないウンジュは毎日、駅前で母を待ち続けました。飢餓で栄養失調状態であった彼女は、病気になって死にかけながらも、母との再会を心待ちにして、何とか持ちこたえました。いくら母を待っても、母は帰って来ません。母に約束を破られた裏切りは、痛んでいた心に追い打ちをかけるかのように、深く切り裂いていきました。それでも、ウンジュは物乞いをしながらでも毎日、駅前で母を待ち続けていました。母は決して帰って来ませんでした。何年経っても…。
(名前は全て仮名)(つづく)
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