ー 風に揺れる葦のように(後編)ー

すれ違う姉と弟

 

北朝鮮のプロパガンダ村、機井洞(キジョンドン)

10代の少女だったソン・ミヨンと幼い弟は、生きるために孤児院を抜け出し、食べ物を探しながらさまよいました。そして冷たい冬の豆満江を渡り、やっと中国大陸に入りました。飢えと寒さの中、神様はこの小さな姉弟を守り続け、2人は生き延びることができました。過酷な環境の中で肩を寄せ合い、いつも一緒だった姉弟でしたが、成長するにつれ2人にすれ違いが生じるようになりました。多感な時期を迎えた弟は、この貧しい環境に苛立ちを募らせ、その怒りの矛先をいつも姉のミヨンに向けました。弟は姉のもとに帰らず、何処かで夜を明かす日が多くなりました。ある日、弟は濡れ衣を着せられたという理由で、死ぬほど殴られ、酷いケガを負って帰って来ました。屈辱を味わった弟は、その悔しさを姉にぶつけました。ミヨンは弟から、日常的に暴力を振るわれました。いつの間にか、弟の心は尖ったナイフのようになり、ミヨンは戸惑うばかりでした。ある日、弟は何処かへ行ったまま、とうとう姉のもとには帰って来なくなり、それ以来弟に会うことはありませんでした。一人置き去りにされたミヨンは、捨てられた野良猫のように通りをうろつきました。

折れてしまった葦

 たった一人でさ迷う若い北朝鮮女性は、悪徳ブローカーたちにとっては、恰好の餌食でした。彼らは巧みにミヨンを騙し誘拐したとも同然で、中国家庭に売り飛ばされました。その家ではミヨンの人間としての尊厳は踏みにじられ、雌の家畜のような扱いを受け続け、身も心も引き裂かれました。そして、彼女は望まない妊娠をして、男の子を産みました。自分のたましいは砕け散り、自分自身にも人生があるという認識さえ失った彼女は、ただこの家人たちに扱われるがままで、生きることが精一杯でした。人々に踏みつけられ、折られ、路上に捨てられた葦のようになった彼女を、神様はそのまま見過ごすことは決してありませんでした。ミヨンはある日、その家からそっと抜け出すことができました。後ろを振り返らず、ただひたすら前進し、旅人として歩き出しました。そして、その旅は近くて遠い、大韓民国に到着するまで続きました。

父の胸に

大韓民国に到着したミヨンは、ハナ院で神様という存在を知り、教会に足を運ぶようになりました。教会生活こそが、傷だらけのたましいを癒してくれるに違いないと思った彼女は、熱心に教会に通うようになり、路傍伝道にも精力的に参加しました。20代になったミヨンは新しい環境にも順応し、新生活を充実させました。さらに、知人の紹介によって出会った韓国人男性と結婚し、ソウルにある夫の職場近くで新居を構え、息子が生まれました。ところが、夫の健康状態がすぐれず、一家はソウルから夫の故郷である田舎へと引っ越しました。田舎暮らしは厳しくもありましたが、ミヨンは母のようにトラクターを乗りこなし、農業に専念し、新たな喜びを感じました。彼女はその自治体においても中心的人物となり、農業以外の副業も軌道に乗り、大金を稼ぎ、成功を収めていきました。そして、かわいい娘も生まれ、夫は小康状態を保ちながらも、一家の幸せは続いていました。しかし、夫の健康状態は次第に悪化し、無念にも愛する妻と幼い子どもたちを残して夫は逝ってしまいました。その後、独り身となったミヨンに義兄は淫乱な目を向けるようになり、それに加えて、義家族が彼女の財産を無心するようになりました。夫の死後、変貌した義実家に彼女の悩みは尽きず、ミヨンと子どもたちは夫の故郷をあとにし、ソウルへ戻りました。大韓民国で目まぐるしく人生を走り続け、様々なことに疲れ切ったミヨンは、再び教会に通い天のお父様の胸にしがみつきました。

風に揺れる葦のように

 神様はミヨンに新たな計画を用意されていました。それは北朝鮮で、幼馴染であった現在の夫との出会いでした。その夫となった人は、彼女の連れ子を実の子のように愛し、良き父となってくれました。その後、夫婦で飲食店を営み、商売は繁盛していたにも関わらず、コロナ禍の影響を受けて廃業に追い込まれました。残ったのは、多額の借金だけとなりました。そのような苦しみの中にあっても、彼らはひたすら神の御前で身を低くしながら、試練を受け止めこの世の価値観ではなく、常に神の国とその義を第一にする従順を選びました。ミヨンもまた、ただ教会へ通うことや奉仕だけでは、本当に神を知ることはできず、十字架の前に身をひれ伏し、これまで誰にも触れられたくなかった、自分の全ての痛みや暗闇をイエス様の足元に置き、傷のない新しい者へと変えられました。この夫婦が共に身を低くし、従順を選んだゆえに、神様は彼らに宣教師としての新しいビジョンを与えられました。彼らの信仰は、二人の子どもたちにも受け継がれています。

 変えられたソン・ミヨンと彼女の家族の証は、嵐の中を生きる私たちにあるべき姿を教えてくれます。嵐に吹かれても、その嵐に抗うことなく、風の流れに身を任せ、時には地に身がつくぐらい低くされる葦のようであれと―。それは御子イエス・キリストが、計り知れない苦しみにただ身を任せ、天のお父様の御心であった、十字架の死に至る最期まで従順を貫かれたようにです。

私の境遇を決めるのは運命でなく、あなたの愛です。

あなたの愛が風を送り、あなたの愛が嵐を起こすなら、

私は喜びそよぎましょう。

あなたが優しい方だから、わたしはゆったりそよぎましょう。

私はあなたのしもべです。人が私に歯向かう時も、

あなたのしもべは争いません。

従順こそが勝利だから、あなたのようになりましょう。

あなたは優しい方だから、私は鳩のようになりましょう。

(ハンナ・ハーナード著「香り高き山々の秘密」より抜粋)

(名前は全て仮名) (つづく)

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