傷だらけの魂の賛歌(後編)

豹変

北朝鮮全土を襲った大量餓死によって全てが狂わされ、ナム・ウンジュは生きる術も無く、もはや頼れる家族も、帰る家もありませんでした。娘盛りであった20代の彼女は、その若さゆえの輝きも失い、薄汚れた物乞いとして、ただ町をうろつくしかありませんでした。そんなある日、同じホームレス仲間の友人から、中国に渡り一週間だけ畑の草むしりをすれば、結構お金が稼げるという話を聞きました。その話に乗ったウンジュは、雨が降りしきる真夜中に、2人のブローカーの男たちと見知らぬ若い女性たち4人と互いに腕を組み、鴨緑江を渡りました。彼らは川を渡り切り、濡れた体で何時間も夜明けを待ち、東の空が白む頃、ブローカーたちは朝鮮族の老夫婦の家に女性たち4人を連れて行きました。親切なその老夫婦は、彼女たちの服を着替えさせ、茹でたジャガイモをお腹いっぱい食べさせてくれました。夫婦は彼女たちをかくまい守るためだと、4人をヤギ小屋に閉じ込めましたが、食べ物を与え続けてくれて三日が経ちました。すぐにでもお金を稼ぎたい彼女たちは、老夫婦に何か仕事をさせて欲しいと訴えると、それまで優しかった彼らの表情が豹変しました。「お前たちは1人100元(約2000円)で、ワシらが買った。金はあのブローカーたちに渡して、奴らはさっさと北朝鮮に帰ったさ。」

戻された生命

彼女たちの中で最も年若い17歳の少女が、老夫婦により60代の漢族の男に売られたことを皮切りに、若い順に他の2人も売られ、ウンジュだけが残されました。怯えた彼女は隙を見て脱出し、逃げ込んだ或る家の住人から衝撃の事実を聞きました。―今日、あの老夫婦はあなたを漢族の一家に転売し、あなたはその家族全員から輪姦されることになる―と。老夫婦が目を光らせて、彼女を町中で探し始めていることを知ると、ウンジュは脱兎の如く町を抜け、遠くハルビンまで逃げました。祖国にも帰れず、異国でも行く当ての無い彼女は、再びあちこちで売られ、暴行され、逃げては追い回され、心身共に休まる日は1日たりともありませんでした。身も心も魂も殺され、自分は傷だらけになるために生まれたに過ぎない―ウンジュにとって生きることは、もはや悪夢でしかありませんでした。  

韓国との国境を見張る監視棟

彼女は二度も首に縄をかけ、生命を捨てようとしましたが、神様はその度に彼女の生命をこの世に戻されました。生きる屍のようなウンジュでしたが、韓国まで逃げれば、国籍を得ることができると知り、彼女はベトナム経由で韓国を目指しました。その途中で、韓国人宣教師が世話をしている脱北者安息所に入ることができました。そこで行われる礼拝と聖書通読は、ウンジュには儀式にしか思えず、傷だらけで硬くなった彼女の魂に、みことばは何一つ届きませんでした。その数ヶ月後、ウンジュは大韓民国に到着しました。

誰か私を抱きしめて

この国では、誰からも危害を加えられることも、追われることもなく、ようやく彼女は静かな日常を得ることができました。しかし、その静けさは彼女を押し潰すような、深い孤独感となりました。そんなウンジュに優しく声をかけてくれたのは、街で出会った異端教会の伝道師でした。ハナ院の同期が異端教会には気をつけるように忠告をしてくれたものの、生まれて初めて人から気にかけられ、優しく扱われた彼女にとって、その異端教会の人々が心の拠りどころとなりました。しかし、ウンジュは程なくして異端教会から離れ、その影響ゆえに、彼女はしばらく家から出ることもできず、更なる孤独感が彼女を覆いました。ある日、彼女が窓の外に目をやると、すぐ近くに十字架が見え、彼女はその十字架の建物を探しあて、そこは町の小さなメソジスト教会でした。ウンジュは思い切って、その教会の中に入ってみたものの、やっぱり出ようと思わず飛び出した出入口で、入って来た牧師らしき男性と出会いました。彼女は牧師を見て、思わず声を絞り出し「私は脱北者です!」と叫びました。彼女の声は、誰かに関心を示して欲しい、抱きしめて欲しいと魂の叫びに聞こえ、牧師や周りにいた勧士たちは思わず、すすり泣く彼女をしっかりと抱きとめました。

傷だらけのイエス様

 ウンジュはこの教会で、傷だらけの罪人である自分の姿を発見しました。生まれ育った国家や誰かのせいだけで、自分はこんなにも傷を受けただけではなく、自分自身の罪こそが、最も自分を傷つけていました。イエス様が十字架にかけられた時、その御体にあった無数の深い傷跡は、私たち全人類の罪によって全て刻まれた傷でした。イエス様御自身は全く罪を犯されませんでしたが、ただ全ての人間の罪による傷をその身に受けるために、この世に生まれて下さいました。この真理を知り、悔い改めたウンジュの心に、天のお父様は「わたしの愛する娘よ、お前をずっと待っていた」と両手を広げ、彼女はありのままの姿で、父の胸に飛び込みました。

 イエス様と共に人生をやり直したウンジュはその後、メソジスト神学大学に進学し、伝道師となりました。彼女は結婚して娘を授かり、現在は神学大学に通う21歳になった娘と一緒に神に仕える働きをしています。彼女たちはその都市に住む約400人の脱北者たちの一人ひとりに、神の愛を伝える使命に生きています。ウンジュはもはや、自分の過去の痛みから目を離し、イエス様の愛の証であるカルバリの十字架を見上げるようになりました。傷だらけだったこの魂が、高らかに神の愛を讃えるその歌声に、天の軍勢はどれだけの歓声を上げているでしょうか。

しかし、彼は、私たちのそむきのために刺し通され、私たちの咎のために砕かれのだ。

(イザヤ53:5)

 (名前は全て仮名)(つづく)

過去の記事

490号488号487号485号
484号483号482号481号480号479号478号
476号475号474号473号472号471号470号469号

お気軽にお問い合わせください。06-6226-1334営業時間10:00~18:00(土日・祝日除く)

メールお問い合わせ