痛みこそ輝ける神の栄光
先月号は、初の脱北民中東宣教師の誕生秘話を掲載させて頂きました。今月号は、その母親の生きた軌跡をお届けします。イエス・キリストに出会うまでの母の道のりは、いつも後悔の痛みしかありません。また、私たちの多くも、何らかの後悔に苛まれる過去を背負い生きています。彼女のストーリーはそんな私たちに、もう一度十字架を見上げ、前を向いて生きる希望を与えてくれます。
魂を売る

共産党少年団のシンボルである赤リボンを授かる子どもたち
いつの間にか還暦を迎えたキム・ミスクは、北朝鮮を出てからもう30年になります。北朝鮮中部で生まれたミスクは高校卒業後、都市の大工場で働き始めました。そこで彼女は夫となる男性と出会い、結婚し、二人の娘を授かりました。ミスクは母になっても、その工場で働きながら、家事と育児に多忙な毎日を送っていました。一家の暮らしは決して豊かではなくても、彼女はささやかな幸せに包まれていました。しかし、北朝鮮全土を地獄に変えた大量餓死は、ミスクたちのような多くの北朝鮮家庭の幸せを蝕んでいきました。どんなに働いても、このままでは一家が飢え死にすると思い詰めた彼女は、悪事に自らの魂を売りました。ミスクは職場の工場で扱っていた貴金属の欠片を盗み、外部で密売し始めました。僅かな日銭にしかなりませんでしたが、彼女は盗みを重ねていきました。もちろん、これは国家への重罪であり、捕まった場合、耐え難い代償を自身に招くことはよく分かっていたつもりでした。しかし、全ては家族を守るためと自分に言い聞かせ、彼女は悪に手を染めることを止めませんでした。
罪の代償
ある日、ミスクの不正行為がとうとう見つかってしまい、彼女は国家財産乱用罪で逮捕され労働鍛錬所へ連行されました。残された夫は、幼い子どもたちを一人抱えたまま働くこともままならず、一家はさらなる苦難の中へと押し込まれました。ミスクが刑期を終え釈放された時、荒れた家で彼女を待っていたのは、酒に溺れて結核を患っていた夫と瘦せ細った長女だけで、次女はすでに餓死していました。彼女が家族を守ろうとしたことは、かえって彼らを破滅に追いやり、その罪の代償が家族にも振りかかっていたことに茫然としました。ミスクは残された長女だけは何とか守ろうと、握りしめた小さな手を再び離し、母に長女を預け、中国へ食料調達に出かけました。これが娘との何年にも渡る長い別れになるとは、その時の彼女には想像もつきませんでした。貴金属密売人の伝手を頼りに、彼女は鴨緑江を渡り、中国へ入国しました。
届かない光
中国でのミスクは、売られては逃げての繰り返しで、苦労の連続でした。しかし、漢民族の老人の家畜農家に住み込みで働くことができました。しばらくは安定した生活を送っていましたが、そこでも公安の陰に怯えていました。彼女は居場所を公安に密告され、強制送還の危機に直面し、中国でも追い詰められていきました。彼女は祖国に残した家族のもとにも帰れず、どうにもならなくなりました。そこで彼女は中国をあとにし、大韓民国を目指しました。苦難の旅の末、到着した大韓民国は、今まで見たことのない景色に満ちていました。新天地がミスクを待っていても、彼女はただ息をしているだけの抜け殻のようでした。この国の豊かさは、彼女の自責の念をさらに強めていきました。抱いてあげることもできず、苦しんで死んでいった次女。祖国に置き去りにし今は生死不明の長女。さらに自分が見捨てた瀕死状態の夫の、合わせて3人は、自分が殺したのと同然にも関わらず、自分はこんなところで一人生き延びていると⋯。ミスクは呪文のように自身をそのように責め続け、いつしか流す涙さえ失くしていました。大韓民国の明るい光は、彼女の凍てついた心には決して届くことがありませんでした。
痛みこそ輝ける神の栄光
そんなある日、ミスクはハナ院内の教会から聴こえる讃美歌を初めて耳にしました。彼女は引き寄せられるように教会に入り、それから毎週、彼女の足はハナ院の教会に向くようになりました。そこで神はミスクの死んだ心に触れて下さり、彼女にかけがえの愛を語って下さいました。彼女は家族を死に追いやった自分自身を、どうしても赦すことができませんでした。その犯した罪の十字架を生命ある限り自ら背負い、全ての罪の報いを自分が受けなければならないと思いました。けれども、ミスクの背負っていた重い十字架を、イエス様が代わりにゴルゴダまで担いで下さり、彼女が受けるべき全ての罪の報いを、イエス様が十字架上で、身代わりに受けて下さったことを知りました。初めて知った神のこの愛は、ミスクを悔い改めの告白へと導きました。涙を忘れていた彼女の瞳からは、止めどなく涙が溢れました。その涙に溺れながら、彼女はこれまでの悲しみや痛みを十字架の足元に置きました。
その後、彼女はハナ院を卒業し、地方にひっそりと暮らしながら、長女を大韓民国に迎えようと懸命に働き、祈り続けました。やがて、脱北に成功した長女を抱きしめることができた時、幼かった娘は15歳に成長していました。ミスク母娘は神のしもべとして、それぞれの召命に生きるようになりました。娘は中東宣教師として、ミスクも神学校を卒業し、宣教師として生きています。イエス様は御自身の目的のために、ミスクが持っていた後悔の痛みを消し去るのではなく、この痛みを用いて、神の栄光を現す召命をお与えになりました。 私たちもキム・ミスクのように、各自が抱える痛みを通して最も輝ける神の栄光を現すことができるのではないでしょうか。
"わたしはあなたのうちに、わたしの栄光を現す。"
(イザヤ 49:3)
(名前は全て仮名)(つづく)
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