神を知る旅(後編)

地獄からの大逆転

 朝鮮戦争後、北朝鮮政府は国内の労働力不足を補うため、在日朝鮮人たちを祖国に戻す帰還事業を実施しました。約93,000人の在日朝鮮人たちが、日本から北朝鮮へ「楽園」という希望を抱いて渡りました。ハン・ドンヒョクの父も、そのうちの一人でした。しかし、この93,000人の約97%が朝鮮半島南部、つまり大韓民国出身者でした。北部の北朝鮮出身者はわずか3%ほどでした。それはむしろ帰国ではなく、移住と言った方が正しいかもしれません。そんな彼らが新天地に足を踏み入れた瞬間、それは地獄の幕開けとなりました。彼らは政府によって統制され、劣悪な環境下で奴隷のように働かされました。貧困と飢えで、もがき苦しみました。そのような中で、ドンヒョクの父は日本での経歴を買われて、一家は数少ない一部の特権階級として待遇を受けました。ところが、そんな幸運も長くは続かず、金正恩政権に交代した途端、ドンヒョク一家も奈落の底に突き落とされました。しかし、父はここで黙って地獄の中でやり過ごす男ではありませんでした。父は静かに機会をうかがい続け、ある日大胆な行動に出ました。父は鴨緑江を渡り、中国を経て大韓民国まで逃げました。その後、父はブローカーを雇い、様々な経路を駆使して、中国や東南アジアを経て脱出を試みした。そして、母と兄、ドンヒョク、妹、家族全員を3回に渡り、北朝鮮から大韓民国への脱出を成功させることができました。

埋まらない空白

24歳のドンヒョクには、妊娠していた妻がいました。ドンヒョクは父から脱北を促された際に、妻も一緒に脱北しようと説得しました。妻は脱北という漠然とした計画をよく理解できず、どんなに夫が説得しても同意しませんでした。結局、彼女はお腹の子と一緒に北朝鮮に残る道を選びました。ドンヒョクは後ろ髪を引かれる思いの中、妻子を残して北朝鮮を脱出することになりました。彼は、その後大韓民国の市民権を得ました。しばらくして、妻が息子を産んだという便りが来ました。彼は妻に何度もお金を送り、息子と一緒に脱北するよう、諦めることなく説得し続けました。彼は妻子を連れ出すために、何度も自らが中国国境線にまで出向き、ふたりが安全に国境を越えられるように、様々な事を試みました。しかし、結局、妻が脱北に応じることはありませんでした。そんな時、大量餓死が残された者たちを襲いました。妻は生活苦のゆえに息子を育てることができず、息子を手離して、その後他の男に嫁いでしまいました。ひとりぼっちになった幼い息子はコッチェビ(北朝鮮でのストリートチルドレンの名称)のごとく、預けられる先々でうとまれ、さまよいました。その知らせを聞いたドンヒョクは、10歳になっていた息子だけでも脱北をさせようとしました。彼はブローカーを雇い、綿密な計画を立て、中国へ行きました。ブローカーとの約束の場所に、小柄で痩せ細った少年がやって来ました。この少年が息子だと判ると、初めて会った我が子を抱き締め、彼は堰を切ったように声を上げて泣きました。涙を抑える暇もなく、彼は息子の手を掴み、急いで中国駐在の韓国領事館へ駆け込みました。そこで、息子も大韓民国の保護下に置かれるようになりました。ドンヒョクは息子を迎え入れ、その後、脱北女性と結婚し、娘が生まれました。新妻は、血の繋がらない息子を実の子のように、娘と分け隔てなく深い愛情を持って育てました。しかし、幼かった息子が経験したあまりにも過酷な日々は、彼の心を傷だらけにし、心を擦り減らしてしまいした。それゆえに、継母から注がれた愛も、父からのどんな励ましも、もはや彼の胸に響くことはありませんでした。そんな時、元妻がとうとう脱北を決意し、ドンヒョクの助けによって元妻も大韓民国に入国することができました。やがて成人した息子は、家を出て転々とした末に、実母のもとへ戻りました。父と息子は離れていた10年の空白を埋めることができず、すれ違ったままとなりました

神を知る旅へ

ドンヒョクは中国から息子を連れて来る途中、教会へ導かれ、その時は藁をもすがる気持ちでイエス様を信じました。韓国で彼は教会奉仕で忙しい上、夫婦で社会福祉士の資格も取得し、法人を立ち上げました。彼らは脱北2世の学生たちのために放課後学習の場を備えました。そして多くの学生たちを大学進学へと導き、また脱北した高齢者介護や子ども保育も手掛けました。ドンヒョクの兄は北朝鮮へ情報流入のビラや1ドル紙幣、米、医薬品、聖書を散布する活動団体を立ち上げ、ドンヒョクも精力的に兄と共にその働きにも貢献するようになりました。彼は教会のために、また、脱北者や祖国のために、身を粉にして奮闘する毎日でした。しかし、彼の人生はイエス・キリストと歩調を合わせてはいませんでした。そんなドンヒョクが真にイエス様と出会うために、ある脱北者の牧師が彼に弟子訓練を始めました。

 北朝鮮への帰還船

その牧師との学びを通して彼は、自分は神御自身を何も知らないと気付かされました。ただ、今までがむしゃらに良い行いをするだけで、その行動はいつも自分の意志だけで動き、父なる神様を無視し、自分の人生から神を完全に排除してきました。彼はそのような自分の罪を知り、初めて十字架を見上げ、十字架こそが自分を悔い改めへと導いてくれることが分かりました。それが、イエス・キリストとの本当の出会いでした。彼の焦点は、もはや教会の奉仕や手掛けた事業や活動ではなく、偉大なる神様へと向けられ、神御自身を知ろうとする人生の旅へと変えられていきました。私たちが生きる旅の目的は何でしょうか。ハン・ドンヒョクのように、神御自身を探究する人生の旅を選んだとき、私たちの日常は変わらなくても、その旅は私たちの視点を大きく変えてくれます。そして、人生で様々な迷いがあるとき、答えはいつも、その旅の中にあるのです。

私たちは知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。 ホセア書 6章3節

 (名前は全て仮名)(つづく)

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