多く愛する者

もし、カルバリの十字架の愛を知らなかったら、私たちはコンパスを失った船のように、人生の海原をさまよっているかもしれません。この世における至高の愛である十字架こそが、まさに福音の核であり、この十字架を抜きにして、私たちキリスト者の存在は成り立ちません。そんな十字架の愛を深く知る人は、自分の罪を誰よりも知っている「多く赦された人」です。今月号のヒロインが奏でるストーリーは、私たちにイエス・キリストが示して下さった、この上もない愛の証である十字架を今一度、見上げることを教えてくれます。

父の記憶

現在、47歳のキム・サランは、豆満江を挟んだ北朝鮮最北端の村で、2女1男の次女として生まれました。サランの父親は平壌出身でしたが、ある日、父の家族は理由も分からず強制的にこの最北端の国境奥地へと追われました。おそらく、音楽家であった祖父が、国家体制宣伝歌を歌うことを拒んだのが理由だったのでしょう。そんな祖父の血を引いた父は、ギターを弾きながら歌うことが大好きでした。しかし、酒に酔った父は、ギターを弾いている陽気な姿とは別人のようになり、夜中に眠っている子どもたちを叩き起こし、大声で怒鳴り散らすことがありました。「金日成ではなく、この俺が、お前たちに飯と肉の汁を食わせてるんだ!」と叫び、起こされた子どもたちは、眠い目を擦りながら訳も分からず「お父さん、万歳!」と万歳三唱を強いられました。時にはそんな父の怒りの矛先は、訳もなく母に向かい、母に手を上げることもあり、サランたちは酔った父が怖くて怯えていました。サランが12歳の時、父は突然、保衛部に連行され、それ以来、父の姿を見ることはありませんでした。今となってはギターを弾いていた懐かしい父の姿だけが彼女の記憶となりました。

光も届かない誕生日

父が連行され、一家の生活はさらに苦しくなり、それに追い打ちをかけるように「苦難の行軍」である大量餓死がやって来ました。大黒柱を失った弱い家族は、いとも簡単に、この大量餓死の大波にのまれていきました。母もいなくなり、家族が粉々に砕け散るように離散したあと、頼るところのない少女は、あてもなくさまよっていました。食料を求め、ついに豆満江を渡ったサランでしたが、放浪児となった弱い少女が、悪徳ブローカーたちにとって格好の獲物になることは言うまでもありませんでした。人身売買で売られたサランは、彼女を買い取った者たちから残酷な虐待を受け続け、心身の痛みに堪えながら、命辛々脱走しました。その後、行く当てもなく、様々な飲食店で労働しながら転々としました。サランは苦しみと、光も届かない暗黒の孤独の中で、二十歳の誕生日を迎えました。

重いけど、輝く涙

そんな暗いトンネルの中で、うずくまっていたサランを、神様は忘れてはいませんでした。彼女は朝鮮族自治州の延吉市にある教会に導かれ、そこで、韓国人の女性宣教師に出会いました。この宣教師は癌を患っていましたが、辛い闘病中にもかかわらず、献身的にサランを支えて、福音を分かち合ってくれました。ある時、サランは神の愛に迫られ、これが彼女にとってイエス様に出会った日となりました。―天のお父様は、こんな価値無き者のために、御自身の独り子イエス・キリストをささげ尽くして下さった。自分の罪が、イエス様御を、想像を絶する苦痛の刃で刺し通し、神の御子がこれほど苦しまなければならなかったほどに、自分は何と罪深い存在であろうか―。その溢れる思いにサランは、ただ、その場にひれ伏すしかありませんでした。自分の罪深さに圧倒された彼女は、嘆き悲しみ、悔い改めの涙がしたたり落ちました。その涙は、これまでの人生で流してきた、どんな涙よりも重く、それでいて輝いていました。やがて、この悔い改めが、高らかに歌う賛美の告白へと変わり、サランは限りない愛と恵みに包まれるようになりました。

 中国、朝鮮族自治州中心部の都市である延吉

多く愛する者

イエス様と出会い、神の愛と赦しを受けたサランの心に、今度は祖国に残して来た家族や同胞たちへの止めどもない愛が溢れました。彼女は彼らのたましいの救いを求め、安全な韓国や米国に亡命する道を選ばず、福音を携えて祖国北朝鮮に帰ることを選びました。教会や周囲の人々は、この危険過ぎる行為に反対し、彼女を引き止めようとしました。しかし、それが彼女にとってどんなに大きな犠牲を伴おうとも、サランの中で燃え始めた神の愛の炎は、誰にも消すことはできませんでした。闘病中であった宣教師からの支えと励まし、そして、聖霊の力によりサランは、初めて越境した時とは別人のように力強く国境を越え、故郷に戻りました。彼女はあらゆる危機や迫害の中においても、何度も奇跡のように神様の御手に守られ、ついにサランは生き別れた姉弟や隣人に福音を伝えることができました。迫害が厳しい北朝鮮の地であっても、息を潜めながらも、彼らと共に主を見上げることは、まるで「天上の礼拝」のような喜びがそこにはありました。その後、主は再びサランを中国に戻され、彼女は朝鮮族の夫と結婚し、息子が生まれました。やがて一家は大韓民国へと導かれ、サランは現在、5児の母でありながら宣教師としての召命に生きています。救われたあの日よりも、さらに神と人々への愛の炎を燃やしながら―。

私たちは、キム・サランのように、どれほど十字架の愛の大きさを知っているでしょうか。また、私たちは彼女のように、どれほど自分の罪の深さを認識しているでしょうか。私たちも「多く赦された」喜びから愛が溢れ出し、「多く愛する者」として神の栄光を表す姿へと変えられていこうではありませんか―。

「この女の多くの罪は赦されています。というは、彼女は多く愛したからです。」(ルカ7:47)

 (名前は全て仮名)(つづく)

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