米国在住邦人宣教(1)
リーベンゼラ世界宣教会
在米邦人宣教師 笹川 雅弘
アメリカ駐在員時代の経験から
かつて、私たち夫婦は1990年から1997年にかけて、一般企業のアメリカ駐在員家族として過ごしました(ダラス二年半、NJ四年)。その間、英語があまり得意ではなかった妻の霊的ニーズに応えるため、近隣の日本人教会へ通い信仰生活を守りました。そのときに印象的だったことは、第一に、それまでキリスト教信仰とは全く無関係だった日本人も日本語を話す教会のコミュニティへと導かれやすく、さらに決心・受洗へと導かれるケースが多いことでした。そして第二に、アメリカで信仰を与えられた方々が日本へ帰国後、良いクリスチャンリーダーとなっていく頼もしい姿でした。当時まだ幼かった子ども三人も現地の教会の子どもクラスですばらしい聖書教育を受け、その経験は帰国後の受洗へとつながっていきました。その後、四十歳を節目に会社員から神学校へと進み、卒業後は日本での牧会活動に従事しましたが、アメリカでの経験を通し海外の邦人宣教の働きの意義深さを知っていた私たちは、子どもたちが社会人として経済的に独立したことを契機に、夫婦二人でこの働きに献身することへと導かれました。
コロナ禍の中での準備と派遣、工夫とチャレンジ
数年間の祈りと調査が重ねられた後に、私たちは「リーベンゼラ世界宣教会」の在米邦人宣教師として派遣される道へと導かれました。しかし、私たちが赴任した2021年4月頃といえば、まだまだコロナ禍での謹慎・制限の真っ最中。以前のような宣教活動はなかなか行えません。そのような中、一人の求道者とのオンラインによる聖書の学びが受洗準備へとつながり、6月のペンテコステにバプテスマを執行することができました。NY州で多忙な日々を過ごす求道者たちにとっては、オンラインの学びならば都合を合わせやすいという事情があります。その後も、オンラインによる学びを通して2名の方が受洗へと導かれました。教会という共同体では、互いに顔と顔を合わせて分かち合うことが祝福の原点であることは言うまでもありませんが、NY州のように忙しさの中で格闘する方が多い環境では、オンラインの有効活用は学びの機会の裾野を広げるという意味でとても有効でした。
さっそくゴスペル伝道
祈りつつ、2021年8月から一日だけのゴスペル体験会を開始し、10数名の求道者が集うようになりました。最初はマスク着用のままのゴスペル体験でしたが、その後NY州レベルでのマスク着用義務が解除されると、不安を抱えつつも少しずつコロナ禍以前の宣教活動を再開していきました。すると今までのストレスを発散したいという渇望からか、最初に実施した週に一度の二か月半に渡るゴスペルワークショップには、大人子ども合わせて40名以上のメンバーが集まりました。12月にはオミクロン株が爆発的に流行し感染恐怖が再度押し寄せましたが、感染防止対策を徹底する中で一人も欠けることなくクリスマスコンサートでの発表を果たすことができました。
ゴスペルワークショップは午前は大人、夕刻は子どもというスケジュールですが、毎回練習の前か後に私がゴスペルの歌詞に関連させて聖書のメッセージを語りました。最も多いときで、大人35名、子ども42名が、一つのコンサートを終えるまでの期間、合計するとかなりの時間、バイブルメッセージに耳を傾けました。最初の1年間で、1名の方がゴスペルをきっかけに受洗まで導かれ、1名の方が決心者として日本へ帰国しました。日本でもゴスペルがブームになっている地域はありますが、やはり一流のミュージシャンでありつつ、伝道熱心なクリスチャンが指導者でないと宣教活動にはなりません。その意味で私たちは2人の良い指導者(共にハーレムの黒人教会をリードする音楽家)に恵まれました。日本人ゴスペル・クワイアの評判は地元のアメリカ人の間にも伝わるようになり、ハーレムの黒人教会の音楽イベントに日本人クワイアが招かれて歌うという機会も複数回与えられました。

大勢の子どもたちへも
大人とほぼ同じ人数(平均すると毎回30名前後)の子どもたちが、ゴスペル活動を通して福音に触れ続けました。さらに、毎年夏には、バイブルキャンプと冬のクリスマス集会にも大勢の子どもたちが集まり、聖書メッセージに目を輝かせながら耳を傾けました。子どもの頃に歌った主を賛美する曲、耳にした福音が将来どのような形で信仰となって実を結ぶかはわかりません。しかしいつか、「子どもの頃、NYで福音に触れたことが教会につながるきっかけとなりました」と挨拶してくれる、頼もしく成長したクリスチャンと再会できる日を楽しみにしています。
(つづく)
過去の記事
お気軽にお問い合わせください。06-6226-1334営業時間10:00~18:00(土日・祝日除く)
メールお問い合わせ