ドイツ
現代の家庭教会とオンライン教会は、ドイツの伝統的な教会の形態に新風を吹き込んでいます。それらは、キリスト教界の多様性を垣間見せてもいます。クリスチャンは今日の教会をどのように形作っているのか、そして信仰について明確に語ることは、なぜ重要かが問われています。彼らが集まるのは会堂の座席ではありません。彼らは個人の家のリビングルーム(居間)やキッチン(台所)に集い、質素の中で教会の働きを行っています。家庭教会では聖餐式も行われ、祈祷が捧げられて共に食事をします。ミハ・クラール師(31歳)は、ネットワーク「ホープ・ギーセン」のリーダーの一人です。「ホープ・ギーセン」には7つの家庭教会があり、会員数は約50人です。このネットワークは、ドイツ国内では「ホープ・ドイツ」と連携しており、ホープ・ドイツ自身の声明によると「数百の教会」が加盟しているとのことです。正確な数は記録されていません。これらのネットワークは、世界中の教会を繋ぐ「ホープ・インターナショナル・ミニストリーズ」とも連絡を取り合っています。また、どのネットワークにも属さない家庭教会も存在します。このような新しいムーブメントは、何世紀も続く伝統的なドイツの教会において、SNS普及による新しいスタイルの教会が生まれつつあるようです。この新しい形態の教会は、これから充分な話し合いと祈り、そして神の導きが求められるでしょう。どうぞ、お祈りください。

ギーセンの家庭教会に集う方々
ドイツ出身の多くのクリスチャンが、世界中で宣教活動に携わっています。ザビーネ・ブルックナー女史(68歳)もその一人です。彼女は身体のハンディーを持ちながら、北アフリカで25年間も車椅子を使いながら福音を宣べ伝えてきました。ザビーネ師は、車椅子生活と強い意志で、幼い頃から目立っていました。天然痘の予防接種がきっかけで、彼女は幼い頃から脊髄性筋萎縮症と闘ってきました。この病気は、筋肉を制御する脊髄の神経細胞が死滅する病気です。そのため、彼女は付き添いの人やバリアフリーの場所に頼らざるを得ません。17歳の頃、他のティーンエイジャーと同じように、なぜ自分だけが障害者になったのかと、彼女も人生の意味を探し求めました。友人に誘われて参加したキリスト教の青年会で、彼女はその答えを見つけました。そこでのテーマは、盲人の癒し(ヨハネ9章)と、彼の病気の責任は誰にあるかという問いでした。「イエスは、盲人が病気になったのは神のわざが彼に現れるためである。」と説明されました。彼女はその時、イエス・キリストを信じ、障害をイエスと共に生きる道を選びました。
彼女は特別支援教育を学び、障害者と働くことを考えていました。しかし、クリスチャンの学生グループの宣教師たちからの報告によって、自分の使命はキリストの福音を語ることであると確信しました。しかし「他のクリスチャンから、障害者では神の働きはできない。」、と何度も言われました。これは非常に辛いことでした。彼女は23歳の時、ワクチン接種による傷害で障害者年金を受け取る資格が与えられました。彼女は、これは神にフルタイムで仕えるためのサインだと受け止めました。そして彼女は学業を終えて聖書学校を探しましたが、障害者のために何度も断られました。しかし1983年に、スイスのベアテンベルクにある聖書学校に入学しました。卒業後、彼女はフランス東部のヴァンドゥーヴルに移り、そこで9年間過ごしました。彼女は地域活動家として、主にアフリカ出身の学生たちと働き、障害者センターで聖書研究を指導しました。

ブルックナー師と介添人
その後、彼女はドイツ宣教支援団(VDM)の支援を受けてアメリカに留学しました。そこで世界中からの宣教師との交流を通し、イスラム教徒への情熱に目覚めました。それから、彼女は北アフリカのある国(安全上の理由から国名は伏せる)を選びました。彼女はアラビア語を学び、地元の教会に積極的に参加するようになりました。2000年には、地元のキリスト教徒が寄付した車椅子を修理する団体を設立しました。それによって14年間で、約3千人の障害者が支援を受けることができました。2020年、ブルックナー師は砂漠の町に移住しました。彼女の目標は、アフリカ出身のキリスト教徒とアフリカ出身の元イスラム教徒が、心の拠り所となる教会を設立することです。現在、教会には30人から50人が集っています。これは、イスラム教信仰が厳格である地域としては異例の数字です。彼女は自らが若者たちの「心の母」となり、若者をイエス・キリストに導きたいと、祈り願っています。
ブルックナー師は宣教の道を歩んだことを一度も後悔していません。北アフリカで車椅子生活を送る中で、多くの支えを受けるため、ドイツに戻るつもりもありません。彼女は年金のおかげで、宣教地においても治療を受けられます。介護者の2人もクリスチャンになりました。こうして、神の働きはブルックナー師を通して明らかにされてきました。どうぞお祈りください。
パキスタン
カトリック教徒のカシフ・マシ氏(35歳)は、残忍な迫害を受けて殺害されました。報道によれば、彼の雇用主である元警察検査官マリク・イルファン氏は、彼が携帯電話を盗んだと告発したと主張しています。マシ氏の家族は、この容疑を否定しています。5月11日、イスラム教徒集団が彼を捉え拷問を加えました。その後、彼は死亡しました。マシ氏は死去直前に、雇用主を主犯として名指ししていました。警察はキリスト教徒からの抗議を受けて、イルファン氏と共犯とみられる2人を逮捕しました。マシ氏の家族は、イルファン氏が自身の影響力を利用して、裁判を妨害するのではないかと懸念しています。パキスタンでは、キリスト教徒などの宗教的少数派に対し、虚偽の告発に基づく攻撃や冒涜の告発が繰り返し発生しています。パキスタン人口は、約2億3千万人、イスラム教徒は96%でキリスト教徒は2%です。他に1%のヒンズー教徒がいます。どうぞ、お祈りください。
米 国
5月21日夜、首都ワシントンDCで、イスラエル大使館員の男女2人が銃撃を受け死亡する事件が発生しました。犯人は、シカゴ在住のエリアス・ロドリゲスで、逮捕時に「パレスチナに自由を!」と叫ぶ様子が映像に残っています。犠牲者は、ヤロン・リシンスキーさんとサラ・ミルグリムさんです。彼らはイスラエル大使館に勤務するメシアニック・ジューでした。ヤロンさんは、その週に婚約指輪を購入し、次の週に共にエルサレムを訪れて、プロポーズする予定であったそうです。婚約を祝うはずだった2人の家族は、葬儀の準備をすることとなってしまいました。
事件は、ワシントンのユダヤ博物館で開催された「若手外交官のためのレセプション」の終了直後に発生しました。このイベントは、ユダヤ人の若手専門職と外交関係者が毎年集まるもので、今年のテーマは「痛みを目的に変える」(Turning pain into purpose)でした。参加者はこう語ります。「このイベントは人道支援がテーマでした。ガザの人々とイスラエルの人々、その両方をどう助けるか。ムスリム、ユダヤ人、クリスチャンがどう協力して、無実の人々を支えるかを考える集まりでした。しかし、犯人は冷酷にも2人を殺害しました。」

サラさんとヤロンさん(右)
ヤロンさんは、16歳でドイツからイスラエルに渡り、ヘブライ大学で日本研究や国際政治を専攻し19年には日本を訪れたこともあります。22年からは、ワシントンのイスラエル大使館政治部門に勤務し、SNSにはこう記していました。「アブラハム合意を推進し、アラブの隣人たちとの平和の輪を広げ、地域協力を追求するために、宗教間対話と異文化理解に取り組んでいる」。サラさんもまた、イスラエル・パレスチナの平和構築活動に従事し、「私の情熱は、平和構築、宗教の関与、環境活動にあります」とSNSに投稿していたと報じられています。 未来ある2人の命が憎しみによって突然断ち切られ、世界のユダヤ人社会は衝撃と深い悲しみに包まれました。世界で急増する反イスラエル、反ユダヤ主義の中で、憎しみよりも愛が大きな声となるようお祈りください。
アラビア半島
「コミュニオ・メシアニカ」(CM)とは、イエスをメシアと信じる元ムスリムの共同体です。キリスト教出版社IDEAのハルン・イブラヒム評議会議長によれば、2025年に入り約3,000もの家庭教会が増加しました。イスラム教徒がキリスト教に改宗した国際的な共同体には、現在1万6千以上の家庭教会グループが加わっています。

CMの家庭集会に集まる元ムスリムたち
イブラヒム氏によれば、そのほとんどはアフリカとサヘル地域(サハラ砂漠南縁部に広がる半乾燥地域)の出身者です。同地域だけでも合計1万4千以上の家庭教会グループがあります。テロ組織「ボコ・ハラム」(西洋の教育は罪である)などのイスラム過激派グループの脅威にもかかわらず、特にサハラ以南の地域では、イスラム教徒からキリスト教徒への改宗者数は増加しています。イブラヒム氏はこの動きについて、「多くのイスラム教徒がテロと暴力にうんざりし、平和、希望、そして生命を切望している。さらにキリスト教のメッセージを非常に効果的に広めるメディアが数多く存在し、それによって肯定的な成果を上げている」と、説明しています。
現在、アラビア半島、特にイエメン、イラク、シリアでも改宗者数は増加しています。CMは彼らに「あなたは一人ではない!」というメッセージを届けたいと考えています。そもそもCM設立のきっかけは、2015年にドイツで開催された「現代におけるキリスト教徒への迫害会議」でした。現在この運動は80カ国において、約400万人の元イスラム教徒と地域的つながりを持っていると推定されています。CMは世界福音同盟(WEA)のメンバーです。どうぞ、お祈りください。
南アフリカ

殺害された白人農民を追悼する丘の上の十字架
ドナルド・トランプ米大統領は南アフリカの白人を、米国に難民として受け入れると発表しましたが、多くの批判を招いています。トランプ氏は、南アフリカは白人少数派を
差別し、住民から財産を奪っていると非難し、「ジェノサイド(大量虐殺)」が行われているとも主張しています。その根拠は、南アフリカ政府が土地を没収することを可能にする新法にあると言います。土地の多くは依然として白人入植者の手にあります。一方、南アフリカの聖職者たちは、状況について慎重な評価を求めています。 この問題は今では、国境を超えて広がっています。ジュリアス・マレマ氏は、「1988年、妹はダーバンのアパートで殺害された。」と言い、命をかけて戦い続けると主張しています。2016年、マレマ氏は支持者たちに白人農民の土地を占拠するよう呼びかけ、「私たちは少なくとも白人の虐殺を求めているのではない。」と宣言しました。彼と支持者たちは2010年から物議をかもした反アパルトヘイトの歌「ドゥブル・イフヌ」(農民を殺せ、あるいはボーア人を殺せ)を歌い続け、この人口集団に対する憎悪を煽り立ててきました。ボーア人とは南アフリカの白人入植者に付けられた名前で、その祖先は主にオランダ、ドイツ、またはフランスから来ています。南アフリカ政府がこの問題を解決し安全を保証してくれないならば、国外に出るしか道はないと言う人々は約7万人はいると言われています。 どうぞ、お祈りください。
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